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東方探訪録第8回 諏訪東部

諏訪に行ってきました。正確には長野方面の旅行をする際に、私がどうしてもと申し出て諏訪に寄ってもらったんですが。同行していた皆様いろいろ引っ張りまわしてすいませんでした。

さて。今回も諏訪の各所を写真でレポ。
まずは前編で諏訪湖東部の名所をば。

グーグルマップで探訪用のマイマップ作成したので、位置的な参考にどうぞ
わりかし諏訪湖の東側に固まり気味。

GWのため、前日深夜に東京を車で出発。午前、軽井沢でワイン醸造所を見学した後、諏訪へ。
軽井沢・諏訪間は下道で2時間弱だったように思います。

諏訪市博物館

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諏訪湖から南東にある博物館です。まず最初に立ち寄ることをオススメします。
1Fはその時々に応じた特集、2Fに御神渡りや諏訪での土着信仰等の資料があります。私が訪問した際の1Fでの特集は高島藩と世界の蝶でした。蝶を飾ってある意味はわかりませんでしたが、綺麗なもんですね。

そうはいってもメインは2F。御柱(オンバシラ)や諏訪での信仰の移り変わりなど、知ってると諏訪めぐりが一段と面白くなる情報の宝庫です。オンバシラを山から下ろす際に、必死で木にしがみつく裸の兄貴たちの動画(3分)も館内で放映されており、別のニーズに対してもバッチリです。
ちなみに7年ごとに行われる、山から御柱を切り出して諏訪大社まで曳航する御柱祭りは、日本三大奇祭の1つだそうです。次回は平成22年。

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この地図がまず最初に諏訪市博物館に立ち寄る理由の一つ。
これは博物館周辺ですが、もっと広域の地図も置いてあり、後々役に立ちます。
あと、ぬれしみせんは非常においしいです。

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博物館前の謎のクロスアウッ!ある種、博物館のシンボル。
説明書きが一切無くて男らしいです。オンバシラ曳きまわすときに使ったものでしょうか?

 

諏訪大社上社本宮

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諏訪は4という数字をキーワードに読み解くと面白いです。
諏訪大社は諏訪大社上社本宮、諏訪大社上社前宮、諏訪大社下社春宮、諏訪大社下社秋宮の4つに別れ、それぞれが4つのオンバシラ(計16本)に囲まれた構成となっています。

祭神は建御名方神(タケミナカタノカミ)。土着の洩矢神を下して、当地の祭神の地位に納まったと言われています。つまり、神奈子がケロちゃんをフルボッコにして神としての営業権を獲得したといった感じです。東方的に言うと、とても理解しやすいですね。

諏訪大社上社本宮は諏訪市博物館から徒歩1分・・・もかからないかも。博物館から道路を挟んで向かいにあるため、博物館に車を置いてった方がいいと思います。

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これがエクスパンデッド・オンバシラというやつですね!わかります。

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高い。ちなみに山から切り出してここまで曳航してくるため、裏側は削れて平たくなっています。
距離にして20km以上引きずるんだとか。

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ざ、ざやく・・・なんだかよくわからんが、ありがたいのうありがたいのう。

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たまたま神事をされているところでした。

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御柱を曳きまわした綱のようです。これが横綱みたいなファンネルになるんですね!わかります。

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本宮において、1本目と2本目のオンバシラは境内にあるためあっさりと見つかるのですが、3本目と4本目は山の中にあります。神社の外から回り込んで進むと辿り着くことができます。

 

大祝邸跡

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諏訪大社上社本宮から東に1km弱。住宅で入り組んだ場所にあるので、博物館で入手した地図を参考に行くといいと思います。
大祝(おおはふり、と書いておおほうりと読む)とはいわゆる神職であるが、祭事面のみならず政治面でも諏訪地方に高い影響力を持っていたそうです。室町に一族の抗争があった後、戦国時代に入り、祭事は行われなくなり廃れていたようですが、武田晴信(信玄)が諏訪に侵攻した際、廃れていた祭事を調査させ復興させたとか。
なお、当事の諏訪領主である諏訪頼重は晴信に切腹に追いやられ、妻は晴信の側室となり、生まれた子供が後の武田勝頼です。

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現在では人が住んでいません。
諏訪氏は建御名方神の子孫とのことですから、建御名方神と洩矢神の戦いは、この地に入植してきた諏訪氏と土着の実力者の戦いが神格化されたものなんでしょうか。
敗れた洩矢神側の子孫も、滅ぼされたわけではなく、祭司として生き残りました。それが次の場所。

 

神長官守矢史料館

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「じんちょうかん」と読みます。大祝邸跡から南に500M程度行って、川を渡ったところにあります。
また、「洩矢」ではなく「守矢」。守矢氏は建御名方神との戦いに敗れた洩矢神の子孫とされ、、諏訪大社上社の神官の一つである神長官を明治時代まで勤めてきた家柄だそうです。

ここで東方的に考えてみましょう。
ケロちゃんの子孫→早苗さん・・・ということは
洩矢神の子孫→守矢氏。

ここがあの女のハウスね!=゜ω゜)=3 むっはー
ジョジョォー!俺は早苗さんの家に来た!俺は早苗さんの家に来たぞー!!

・・・と騒いだらアホの子のように見られるので、口元だけニヤニヤしながら進みます。
ちなみにGWだというのに誰もいませんでしたが。

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立派な門構え。先ほども「守矢」という表札が普通に掛かっていましたが、もしかして現在でもお住まいなんでしょうか。門をくぐって左側に家があります。

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こんな小さな社にも必ずオンバシラ4本がセットになっています。
神社に鳥居があるのが当たり前であるかのように、諏訪の社には当たり前のようにオンバシラがあります。もうこればかりは文化としか表現のしようがないですね。

 

諏訪後編(諏訪中西部)へ

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