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当たり判定ゼロ シューティング成分を多めに配合したゲームテキストサイトです

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自由を測るネトゲのものさし

うおおとにかく自由なネトゲ遊びてええええ!ってたまになるんですよ。なりません?
かつてUOを遊んでいた人々は「もう一度あの自由を体験したい」と、他のゲームにまでUOの幻影を追いかける「自由度の呪い」とでもいうような病気に罹っています。確かにUOは自由だった。武器がへたって来たので街角の職人に修理をお願いしたり、プレイヤーによって劇団が結成されて街角で演劇が催されていたり、他の人の服の染め物をしてあげたり、有志を募って宝の地図を掘りに行ったり、食べ物に毒を仕込んでギルドハウスに置いてみたり、死体をバラしてベンダーで売ってみたり。できることを挙げればキリがないゲームでした。

しかしキミたち自由自由とはいうけれど、一体何をもってして「自由である」というのか。「自由」とはどのような指標で測られるものなのか。自由を主張するからには、やはり肌感覚ではなく明確なものさしが必要なんじゃないかねキミィ、という話でありまして。

UOの自由さを表現するために出てくる例は、上の話でもそうですが、大体は他人との関係が含まれる話です。UOはネットゲームですから、醍醐味はその社会性にこそあるわけです。

そう、社会。その社会を研究するいわゆる社会科学と呼ばれる学問は色々ありますが、それらの学問で扱われる法律や経済がゲーム内でどのように位置付けられているかが、そのゲームにおいて形成される社会に影響を与え、プレイヤーが感じる「自由さ」と密にリンクするのです。具体的には、法律と経済が運営のコントロール下にあるか、ユーザーのコントロール下にあるかが自由度を左右すると考えられます。なお、ここでは三権分立を考慮する必要はないので、行政と司法は法律にくくって考えます。

たとえばUOに当てはめてみましょう。
法律のコントロールは、赤ネームという善悪が運営により予めシステムで規定されているものの、その他はユーザーのコントロール下にあると見ていいでしょう。盗みを働くのも自由。盗人を誅するのも自由。赤ネームになったところで、それを罰するのは運営ではなく結局ユーザー。初期の頃は詐欺行為すら自由で、悔しかったら殺してみろやの世界。PKKという警察機能もユーザー任せ。もし悪いことをしても赤ネームになることなく、評判や噂で「○○は10人くらい殺った」と流れ、それを立証する証人が現れ、PKKが誅するみたいなことになってたら、完全なユーザーコントロールと言えましょうが、さすがにそこまでではなくとも法律面はユーザー側のコントロール下と認められる程度には十分だと思われます。

経済のコントロールは、完全な自由経済が用意され、家まで取引できました。上述のように詐欺行為まで行うことができました。こちらは完全にユーザー側のコントロール下にあると認められます。

以上により、UOは法律、経済面ともにほぼユーザーのコントロール下に置かれていたため、ユーザーは自由を感じることができていたと言えます。

2つの要素の片方だけに自由が与えられているケースもあります。モゲマスのようなトレード機能を持った初期のソーシャルゲームがその類型にあたるでしょう。
法律のコントロールは運営にあり、ユーザーに与えられていません。「アイドルマスター討伐イベ」のような例外を除けば、どのような悪事が行われているかの可視化もされておらず、司法権は運営のみにあります。また、そもそも悪事を働くこと自体がシステム側で制限されており、「悪事を働くこと=システムを突破すること」というプレイヤー対システムの構造になってしまっています。

一方で、経済のコントロールはユーザーにあります。よく知っているモゲマスを例にあげると、フリトレの導入によりトレードチケットで取引回数が制限されるまでは完全な自由経済が実現されています。フリトレ導入後は、取引に多少の制約はあるものの、依然としてユーザー間での自由取引は保障されていますし、値決めは市場原理に依存しています。

これら初期ソシャゲは中程度の自由度を持つゲームと言えます。

2つの要素が運営のコントロール下にあるゲームもあります。最近のスマホゲームの多くがこの類型にあたるでしょう。
法律のコントロールは運営にあり、ユーザーに与えられていません。基本的に他人に悪事を働くことのできる設計にはなっていないため、いわゆるユーザー対ユーザーで揉める事件は基本的に起きず、原則的に各ユーザーは運営に対してアプローチしていくことになります。

経済のコントロールは運営にあり、ユーザーに与えられていません。ユーザー間の取引は行うことができず、原則的に各ユーザーは運営と取引を行います。

これらのゲームは自由度の低いゲームと言えます。

「誰が善悪を決め、罰するのか」「誰が経済活動を操作するか」
ネトゲにおいては、この2点をユーザー側に委譲するかどうかでそのゲームの自由さが形作られます。両方YESと答えられるならば、それはとても自由なゲームです。

法律・経済、この2つの要素により自由度を測るネトゲのものさしは、社会性のある全てのゲームのみならず、他の物事についても当てはめて考えられる汎用性のある指標です。

たとえば、ネコの集会について見てみましょう。
ネコの集会は、彼ら自身が作ったルールに基づいて開催されます。集会の参加自体も彼ら自身の意思に委ねられます。明文化された法はありませんが、彼らは彼ら自身が決めたルールにしたがって行動し、ルールに反したネコには罰が与えられます。ネコはきまぐれなので、場合によっては罰が与えられないこともあります。法律コントロールはユーザーの下にあり、自由に運用されていると言えます。
ネコの集会では、魚やネズミやビー玉などの自分のお宝を自由に分け与えたり、もらったりすることができます。そこでは自由な経済が認められており、経済のコントロールはユーザーの下にあると言えます。

したがってネコの集会は自由度が高いと判断されます。

人間の会社について見てみましょう。
人間の会社は、運営が決めたルールに従うことが義務付けられており、ルールを破ると運営により必ず罰が与えられ、場合によってはBANされることもあります。法律コントロールは運営の下にあると認められます。
人間の会社は、残業をした場合、対価を請求することができますが、しばしばそれは運営により取引が制限されることがあります。経済コントロールは運営の下にあると認められます。

したがって人間の会社は自由度が低いと判断されます。

なぜ人生はクソゲーと言われるのかおわかりいただけたでしょうか。
このものさしはとても便利な道具なので、ぜひ色々なものに当てはめて使ってみてください。

2015年のゲーム遍歴

年末の振り返りで思い出しがてら簡単に。一応クリア相当まで一通り遊んだものだけでスマホ系は除く。

シャドウオブモルドール(PS4)
幻想水滸伝みたいに味方の組織を育てるゲームはあっても、敵の組織にスポットライトを当てるゲームは珍しい気がする。ゲームシステム的にはもはや主役は敵の組織であって、プレイヤーはそれをかき回すトリックスターの役割に近い。この一点の価値逆転で数多のオープンワールドの中でオンリーワンの存在に。単純にタリオンさんが指輪物語の世界を冒険していくだけだったら、「ファンなら買い」の一言で片付けられるゲームだった。

信長の野望・創造PK(PC)
今でもふと天下統一したくなって土日潰しちゃったりとかしちゃう。個人的には革新と並んでシリーズ中の名作。結局「天下統一」という目的は一緒なので、どの大名使ってもプレイングは似たようなやり方に収束しがちなんだけど、その天下統一の過程の再現性に中毒性があって何度でも再現したくなっちゃうのよね。多少の差こそあれ、ぶっちゃけ毎回同じ道を辿るプレイになるはず。でも飽きない。

ララ・クロフト アンド テンプル オブ オシリス(PS4)
最初、前作の「ガーディアンオブライト」と何が違うのかさっぱりわからなくて、もしかしてリメイクか何かだったっけ、と一瞬マジで考えた。言い換えれば、弄る必要がないくらい完成されたシステムとも言えるのかもしれず、とても遊びやすい。前に遊んでたゲームを久々に遊んだら操作すらわからないことがあるけど、ララクロフトはいつでも操作が心にすぐ馴染む。

バイオハザード リベレーションズ(PS3)
本編は良かったけどレイドモードはちょっと肌に合わなかった。あのな、バイオってのは拳銃でパンパンゾンビを撃って、ダメージが頭の上に数字で出てくるとか経験値貯めてレベルが上がるとか、ちゃうねん。「生き物危険!!ババーンキャー!!」みたいなんでええねん。そういう意味では本編は確かにババーンキャー感があって良かった。

みんなのゴルフ6(PS Vita)
噂には聞いてたけど、クラブとかコースが有料で売ってるの草生えた。その手の稼ぎ方はこれまでのタイトルでブランドイメージを積み重ねてきたナンバリングタイトルでやらないほうが良いと思うんだけどなぁ。アパレル屋さんとかその辺進んでて、売り方によってブランドの名前変えて、それぞれのイメージ崩さないようにしてる。元々 えげつない売り方してるパンヤと同じ世界にわざわざ後発で突っ込んでいく必要はあったのか。

ストライダー飛竜(PS4)
オリジナルやったことないので、飛竜さんといえば、マーヴルvsカプコンで「フッ、フッ、ハァー!」とか言いながらエリアル決めてくる人というイメージだったけど、イメージそのままで打点軽い感じのアクション。クリアまで自然体で遊んで4時間5分とかだったけど、クリア後にトロフィー確認したら「4時間以内にクリア」で金トロフィーだったの見てショックを受けてゲームの内容の記憶が薄い。

世界樹と不思議のダンジョン(3DS)
ローグライクってせいぜい2人パーティーまでじゃないかなぁと思うけど、案の定4人目の人とか窓際族になった。世界樹って1ターンに全員行動できるし5人並列で並んでるみたいなもんじゃないですか。それを4人直列に変えたら微妙に遊びづらくなって、これ元のほうが良かったのでは、ってなった。というか世界樹は4の出来が良かったので5楽しみにしてるんですけど、今見たら1年前から公式サイト何も変わってなくて泣いた。

トロピコ5(PS4)
国民に娯楽を与えるのはプレジデンテとしてどうかと思うので今回は娯楽0で進めてみたけど、それでも支持率99%まで上げられたことに驚いた。娯楽なんていらなかった。ぜひ政策担当者は参考にしてください。あとクソ面倒くさいけど、国民が超不幸な状態でも外国にドラッグ売って軍隊の給料クソ上げてばら撒きやってれば何とか政権維持できることもわかった。いつも思うけどトロピコは極端な遊び方に耐えうるシステム持っててすごい。

スプラトゥーン(WiiU)
いつの間にかヴィレッジヴァンガードにイカのぬいぐるみ置いてて、市民権獲得してるなーと思った。ジェットセットラジオに優しさと可愛さをスプレーでふりかけた未来がここに。世界設定の作り上げ方から音楽、そしてゲームのルールまで統一感があって心地よい。クリスマス需要でもう一噴射きてるって話もあるし、アップデートと宣伝を長く続けていけば、コンテンツって育つんだなぁという心温まる実例。

東方深秘録(PC)
操作のしっくりこない心綺楼システムの続編ということで相変わらず取っ付きづらかった。レバー操作に攻撃方法がリンクしてるの、昔あった『武力』って格ゲー思い出すけど、やっぱ昔ながらのストⅡシステムに精神が侵食されているので、他の操作方法は心が受け付けなくなってる。人間、1つのことには1つのやり方しかインストールできないのだと思う。そういう意味では不老不死なんて実現したらマジで社会硬直しそう。やっぱ人は死なねば。

エイリアン:アイソレーション(PS4)
閉鎖空間での鬼ごっこと言えば最近はフリゲの「青鬼」があったけど、アレを最新テクノロジーでやって、かくれんぼ寄りにした感じ。エイリアンは決められたルートじゃなくて自分で考えて動くし、クッソ足速いので常に見つからないよう隠れて進むことになるので心臓ドキドキゲー。ただ、後半で火炎放射器が手に入ってからは逆にこちらの方が強力になりイカ焼き屋さん状態に。本当によくゲームオーバーになるので救済措置みたいなものかも。

GIRLS MODE よくばり宣言! トキメキUP!(3DS)
お前でもオシャレになれると言われたので買った。けど、やっぱゲーム遊んだだけでオシャレさんになれるのであれば、今ごろDSの英会話ソフトのおかげでみんな英語ペラペラですわ、という話で絶望しかなかった。というかゲーム中で来る客来る客はじめから自分より全員オシャレだし、拙者ごときにアドバイスできるところなど何もないでござるよフォヌカポゥ…という気分になった。

俺に働けって言われても 乙 HD(PS Vita)
冒険者を雇って探索に行かせる社長ゲー。金稼ぐ方法理解するまで結構ゲームオーバーになって時間だけかかったけど、一部のパーティーを固定で同じ場所ずっと回らせておけば良かったのね。殆ど眺めてるだけで何もしなくていいので、布団とか遊びだしたらやめどきがないタイプで多くの睡眠時間が犠牲になった。ゲームの楽しみとは最高に無駄な時間を過ごしたという後悔の上にのみ成り立つのだ。

ヨッシーウールワールド(WiiU)
「これまで遊んだ中で一番面白い」という言葉ほど「お前それ言うの何回目だよ」みたいなところあるけど、ヨッシーウールワールドはこれまで遊んだ中で最も毛糸感があるゲームと断言できる。毛糸面において本作を超えるゲームはあと10年は出ないんじゃないか。アクションとしてはスタンダードな出来だとは思うけど、毛糸がほつれていく表現とか、水を毛糸で表現した方法とか、毛糸面における演出は毛糸ファンならずとも一見の価値がある。

ヘルダイバー(PS4)
ちょうど「アメリカンスナイパー」って映画見に行ってて「人々を幸せにするはずの民主主義を押し付ける戦争は、人々自体の不幸を生み出している現実がある。民主主義とは、人間の犠牲を伴ってまで伝えなければならないものなのか…」みたいな気分になってたのに、家帰ってヘルダイバーやったら「民主主義の力を喰らえ!!」とか叫びながら宇宙人に実弾喰らわせてて、やっぱアメリカン民主主義はこうじゃなくちゃなと思いました。

東方紺珠伝(PC)
ソシャゲの苦行性って「できるとわかりきっていることを何度も何度もやらされる」点にあると思ってるけど、紺珠伝は「できないことをできるまで何度も何度もやらされる」というゲームで、まさに修行。5ボスのクラピとかマジでできないようえ~んって泣きそうになった。最近変化球続きなので、Win初期みたいなスタンダードなシステムの6面構成の東方がやりたい欲ヤバイ。

魔壊神トリリオン(PS Vita
前にも書いたけど、見た目はパワプロ風だけどサクセスの本質であるトライアンドエラーで一から育成を繰り返すタイプじゃなくて、前の育成ポイントが引き継がれていく積み上げ型なので、ゲーム性が全く違って、適当に遊んでてもあんまり問題ない。RPG含めた育成ゲーだとどれでも言えるけど、序盤で想像もできない数字を後半に叩き出せるようになるだけで成長した感があって謎の満足感があるの不思議。

ドラゴンクエストヒーローズ 闇竜と世界樹の城(PS4)
定期的に無双遊ばないと死んじゃう病に罹患してるのでついつい買った。そんなに大量の雑草をぶった切ってる感はなくて、無双というより、うまくドラクエをアクションに落とし込んだゲームという感じ。面白いとかつまらないとかいうより、あのBGMでゾーマと戦えるというだけでもうそれ以上のことはない。逆にドラクエ文脈のない人が遊んだら「別に…」と沢尻エリカみたいな感想になりそう。

Peggle 2(PS4)
基本的にげっ歯類が奇っ怪な掛け声を上げるゲームのはずなんだけど、前作と比べれば大人しめな作り。ただ基本的に無造作に放ったボールがポンポン跳ねてるの見るだけのゲームなので、頭を使う必要なんて一切ないしとても心が清らかになる。10年くらいペグルばかり遊び続けていれば、ひょっとすると悟りに辿り着くのではないかという予感はある。

MAD MAX(PS4)
基本的にシャドウオブモルドールのコンパチシステムだし、敵のボスは色が違うだけでみんな同じ顔してるし、サブイベントは地雷除去みたいに全部やること一緒で容量水増ししてたりと、映画から旬を逃さないうちに出しました感がすごい。ただハープーン投げたりウジ虫が主力食料だったりトイレから水汲みとって飲んだりできるのは、空気感良く再現できてた。クソ巨大な車に乗って取り巻きつれて爆走できたりしたらもっと良かった。

ファミスタリターンズ(3DS)
ドリームペナントモード遊んで巨人を選んだら初期メンバーに笠原って投手がいて、とても強いので抑え投手として育てています。笠原選手、来シーズンも頑張ってくださいね。それはそうと十字キーの左押したらショートとレフトが二人とも同じ動きするのファミスタって感じする。フィルダースチョイスが記録上ヒット扱いになって打率上がったりとか、細かいところガバガバなのは記録厨として発狂しかけた。

不思議の幻想郷-THE TOWER OF DESIRE-(PS Vita)
同人版やってなかったので一括で遊べるVita版買ったけど、やたらボリューミー。全体的に敵も味方も強くて高い位置でバランスが取れてる。装備鍛えるのが面倒で、いわゆる「もっと不思議のダンジョン」的な位置づけの古井戸ばかり遊んでるけど、判断ミスって95階で死んだときマジで魂抜けた。でも不思議のダンジョンはこの感覚がクセになるのよね。

ウィッチャー3 ワイルドハント(PS4)
ゲラルトおじさんの皮肉とウィットに富んだ会話が楽しめるかどうかがこのゲームの評価の分水嶺になりそう。この手の皮肉的会話って現実に言ったら「何言ってだこいつ」みたいな話にしかならないから、物語の中ででは十分に楽しみたい。あと今年遊んだゲームの中ではドライブクラブと並んで景色が綺麗な景観ゲー。馬で道走ってるだけで幸せ回路開いてドーパミン出てくるのすごい。今すぐ車売って馬買いたくなる。

Bloodborne(PS4)
最初は何回やってもエミーリアに勝てなくて枕を涙で濡らし、冒涜のアメンドーズに虐殺されては白目剥きながらロード画面を眺め、トゥメルの女王を何度も勝利寸前から負けて「もうやんねぇ…」とこぼしても、結局最後は何とかなっちゃうバランスは感動的ですらある。あとミコラーシュおじさんの「ゴース、あるいはゴスム、我らの声が聞こえぬか」がインパクトありすぎて、たまに会議中とかに脳内再生されてえらいことになる。

ロケットリーグ(PS4)
スプラトゥーンみたいに、操作が簡単で間口が広いのに突き詰めだしたら奥が深いゲーム。この「間口の広さ × 奥行きの深さ」で計算した面積が広いゲーム、片方なら何とかなっても両立しようと思ったらゲームの仕組み自体がよくできている必要があるので「作った人頭いいんだろうなぁ…」と圧倒的なインテリジェンスの差を感じさせられて、思わず窓から外を眺めて物思いに耽ってしまうところある。

グランキングダム(PS4)
「体験版が面白さの9割」とか誰かが言ってた。やらんとする方向性の良さは伝わってきてワクワクさせられるんだけど、うまくゲームに落とし込まれてない。すぐ判明するレベルのバグも多くて、調整する時間もなかったのかなぁというのが伝わってくる。レシピと見本は美味しそうなのに実際作ってみたら微妙な料理という感じで、作り方を練習する時間さえ取れればきっと良い料理だった。

Fallout4(PS4)
世紀末の男ってすぐ犬連れて荒野を歩きたがるよね。ゲーム版マッドマックスやったばっかりだったので、リプレイみたいな構図に「たぶんこの先出る世紀末ゲーでも犬の散歩することになるんだろうなぁ」と予感させられてしまう。3コマ戻る。あと前にテラリア遊んでても思ったけど、クラフト要素は想像力貧困層にはつらい。この要素入れるの、絶対レゴで育った連中の仕業に違いないと確信してる。

STELLA VANITYの次回作の話

STELLA VANITYの次回作『STELLA VANITY D』 の開発中動画が公開されてました。イエッフー!
2年前に開発凍結と聞いてから情報追ってなかったんで、こうして完成度の高い動画見れる日が来るとは思いませんでした。



弾幕系の代名詞だったケイブもアーケードでSTGをリリースしなくなってから久しく、彼らが切り開いた弾幕の未来は一体どこに行ったのかという今日この頃ですし、ゴ魔乙はロザリーとデートするゲームになってしまっていますが、商業ベースに乗らなくなった弾幕の遺伝子は同人で細々と生き延びています。ありがたいことですね。

同人で弾幕と言えばまず思い付くのが東方ですけど、東方も星蓮船あたりからシステムに変化球が多く色々チャレンジしてるので、いわゆる旧態依然とした弾幕回避が好きな弾幕保守層にはちょっと合わないのかなといった感覚もあります。
面倒くさいシステムはどうでもいいから、とにかく敵は適当に弾幕バラ撒いて襲い掛かって来やがれー、みたいな思いがある人もいることでしょう。
そんな人にピッタリなのがこれ!STELLA VANITY!(深夜放送の通販)



前作に関して言うと、やたらパラメーター多かったり、近接攻撃のブレードがあったりして表見上変わったシステムに見えますが、魂は弾幕の保守本流という感じでケイブがアーケードで作っていた世界の延長線上にあるように感じます。

そう、必要だったのはこのオーソドックス感。魚の数が減少した弾幕池に新作ゲーというエサを投げ入れる人は殆どいなくなってしまったけれど、池に棲んでいた魚たちは死んだわけではなく、いつまでも口を開けて待ち続けているのです。
そういう意味では、STELLA VANITYの新作は久々に美味しそうなエサなので、魚の一匹として至極楽しみにしている次第…!
前作も開発BLOGの上の方に貼ってるDLSite.comのリンクから700円少々で買えるので、弾幕魚の仲間たちにはオススメ。この手の良ゲーを家から出ずにお気軽に食べることができるとは、いい時代になったものだなケンシロウ。

筋肉が世界を制した日

そんなわけでグランキングダムなんですけどね。最近オンラインイベントの第一次戦役やってるんですけど、姉さん、戦局がえらいことになってます。

このゲームは勝利数の累積が勝敗を分けるルールなんで、こんなもん人口が多いランドアースかフィールが勝つじゃねぇかと高をくくっていたんですが、蓋を開けてみると、最終日時点で人口わずか15.7%のバルクールが全16地方のうち8地方を制圧してるという異常な事態に。世界のすべてを敵に回したような3面同時戦線が起こっても、そのすべてで勝ってしまう力こそパワー。戦いは数じゃなかったよ、兄貴。


世界の半分が赤く染まった。全盛期のソ連ボリシェビキか。ただ違うのは、奉じるのは共産主義ではなく、筋肉であるということ。筋肉!筋肉!

ネトゲというものは古来より脳筋が幅を利かすと相場が決まっているもので、バルクール側には相当な廃人が複数いるらしく、戦場の端っこで普通に戦っているだけで次々と敵の本城に向かって砦が落ちていく様は味方ながら壮観ではありました。頼りがいのある兄貴たちの圧倒的な暴力により、放っといても勝ってしまうという別の意味での無力感。というわけで、戦勝国に与えられる追加シナリオの無料配信の権利は筋肉シナリオになりそうです。
ただでさえ過疎ってきてるゲームで、人口の15%しか支持してない国の追加シナリオを真っ先に配信していいのかという疑念はあれど、そういった損得勘定を超えた判断の向こうにこそ、エッジが効いたゲームというのはありうるのでしょう。

ただこのグランキングダムというゲームは色々ダメなところのあるゲームで、初期に発生したほぼ無敵の範囲防御を繰り出せるバグは対処されたものの、今でも、ローグ4人パーティーが延々と連続行動できる方法などが編み出されたりして、バランスが崩壊気味です。対戦相手にローグ4人が出てくるとヨーグルト食べながらボーっと画面を眺め続けるしかなくなりますし、そんなの見てて面白いのかと尋ねられるとかなり考えて「仕事に行くよりマシ」という答えに至らざるを得ません。普通に考えられたパーティーも結構いて、そういうパーティーに当たると面白いんですけどね。

FF6であれば、ドリルを頭に装備させてゲームバランスをぶっ壊したり、東方風神録でバグマリ使ってゲームバランスぶっ壊したりするのは笑いになっても、オンラインゲーで壊れ性能のスキルがあるというのは、いつの日も悲しみしか生み出さない感があります。オフゲーだと壊れ性能で遊んで楽しむのは自分だけでも、オンラインゲーの壊れ性能は常に被害者が存在する枠組みになりますし。

現状、勝利数の累積が重要になるので、最適化された行動は「いかに速やかに敵を倒せるか」「いかに敵の撃破速度を落とせるか」という点に絞られ、それが故に相手にターンを回さないような面倒くさい行動をするAIばかり放流されていく地獄が完成するわけです。ほんと人間って環境に適応するの早すぎて厄介ですよね。やっぱ人間は早く滅ぼさなきゃいかんと決意を新たにするものであります。


まぁ脳筋なんで、そんな細かいことどうでも良いんですけどね。
ヒャッハー、キアラたんのシナリオ配信だヒャッハー! 脳筋にふさわしい読んだら5秒くらいで忘れそうな全く内容のないシナリオだったら最高だと思います。戦争の方は壊れスキル直すの大変だと思うので、いっそのこと全部強くして北斗的な世紀末バランスでいいんじゃないでしょうか。

グランキングダムに見る女性指導者の優位性について

今日は先生から皆さんに説教があります。
先生はいつも皆さんに対して「すべての人間は平等だ」「顔で人を判断してはいけない」「男女平等を当たり前の世の中にして田嶋陽子を食えなくしてやりなさい」と教えていますね。みんなも先生の言うことをよく聞いて、良い子にしていると先生思ってました。

ところがですね、そうじゃないことがわかりました。先生とても残念です。本当に残念です。
なんで先生がこういうこと言ってるかわかりますか? この間体験版が配信されたグランキングダム、良い子のみんなも遊んでいると思うんですけど、このゲームの中では皆さんひどい男女差別をしています。
グランキングダムは、傭兵であるプレイヤーが4つの国家から契約する国を選んで争いを繰り広げるゲームなのは皆さん知っていますね。ではこの数字を見てください。各国家元首ごとの契約人口の割合です。





昨日の時点で、女性君主67.88%、男性君主32.12%の比率となっています。契約人口で2倍以上も差が付いてるんですよ? ランチェスターの法則だと4対1以上の戦力差ですよ? ほんと先生ガッカリです。

特に先生が契約してる筋肉ダルマが君主のバルクールは、僅か2日で本国以外全部占領されるし攻めても全部負け戦だしとひどい目にあいました。これも皆さんが男女平等の精神を心から理解していなかったからだと、先生は考えています。反省してください。
先生もね、言いたくて言ってるわけじゃないんです。みんなのことを思っているからこそ、こうしてあえて厳しいことを言っているんですよ。



ただ、昨日は各国から標的にされたフィールが多方面作戦で戦力を分散させていたので初めて勝つことができました。特にランドアースとフィールの戦争は熾烈を極めていたようでした。女性同士の争いの恐ろしさは先生も良く知っていますが、味方にしてみるとこれほど頼もしい物はないですね。1国がかなりの戦力を持っていても、3国相手の多面作戦となってはどうしようもない4カ国というのはバランスとして丁度いい塩梅です。



ゲーム全体的には、基本的にアクション性は殆ど求められないし地味だけど、淡々とした戦略性を感じさせるドイツのボードゲームみたいな空気感ありますね。ただ戦争自体はポイントの蓄積で勝負を決めるゲームなので、どうしても数の力こそ正義みたいなところがあるし、となると筋肉ダルマの国が過半数抑えるなんてことは、ジェンダー論に理解のない皆さんがこれまで行ってきた男性蔑視の行動から考えると、期待できないところがあるんじゃないかと先生思っちゃいます。

しかしこれだけ女性君主の人気が圧倒的だと、来るべき第三次世界大戦を戦うためには美少女皇帝以外ないと思わされますね。先生は以前「顔で人を判断してはいけない」と皆さんに教えましたが、考えて見るとそんなことはなかったです。やっぱ美少女が刀を手にして「かかれー」って号令かけたら、先生もかかっちゃうと思いますし、おっさんに命令されるよりずっとやる気が出ると思います。合理性も認められると思うのでぜひ各国の首脳陣は美少女皇帝制度の検討を進めてください。


ちなみに先生の編成です。団名は後から変更できると思って適当に付けました。製品版も購入しますので、引き続き戦場で見かけたらどうぞよろしくお願いします。
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