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当たり判定ゼロ シューティング成分の多いゲームテキストサイトです

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いつかそれを捨てる日のために寄せ書きを集め続ける

2007/6/18に箱を買って

2008/10/26に実績1万になって

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2009/12/24に実績2万になって

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ようやっと実績3万になりました。

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こう並べると新しいインターフェイスのほうがスッキリしてていいですね。
購入→1万、1万→2万は500日くらいで、2万→3万が1000日くらいかかってるのは、PSPや3DS買ったからというのがあるのでしょう。
こういうとき四六時中ゲームばかりやってる人間だと「ゲームに飽きたのかなぁ」という推測をせずに済むから助かりますね!

ところで、好きな漫画である『第七女子会彷徨』の第3巻に、主人公の高木さんがこう述べるシーンがあります。

「その目で世界を見る」っていうのを生業にしているパパの会社は年に何度も転勤する変な所で、私は物心ついた頃から西へ東へ引越し続ける引越キングだった。

だから引越し続ける日常はいっつも何かが始まっても、あっという間に終わらされて……いつもその繰り返し。

引っ越すたびにクラスメートは必ず色紙に寄せ書きをくれて、それがもう何十枚にもなった。

なんだか可哀想だって思う人もいたかもしれないけど…そのたくさんのさよならの言葉たちが私の進んできた距離の長さを逆に肯定せざるを得なくなって

だからそしてこれからも、その度はずーっと変わらなく続いてゆくのだと~(略)

粗方語られ尽くした感もある実績システムですが、一つの側面として高木さんの寄せ書きのように、進んだ距離を否が応にも直視しなければならないシステムということがあります。しかしながら誕生日と一緒で、子供の頃の数を重ねていないうちは数字の蓄積が嬉しいのだけれど、数を重ねてくるとだんだん直視するのが難しくなるみたいな変容性も兼ね備えています。インセンティブはいつまでもインセンティブでいることはできないのです。お誕生日プレゼントはいつまでももらうことはできません。

ゲームを遊んでる今はいいけれど、我々は数年後にその積み上げを全肯定しなければなりません。
その上で、集めた寄せ書きを川に投げ捨てることもいつかやらないといかんのでしょう。

ともあれ、3万程度でギャーギャー言ってても仕方ありません。
物事は偉大なる先人に教えを請うべきなのが重要ですが、実績12万の人の言を借りれば「10万超えている人間の意見がほしいかい? 労働だよ!」ということのようなので、やはり実績とは労働なのでしょう。

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「そのスタドリ……倍プッシュだ」と若者は言った

コンプガチャは景表法で禁じられている懸賞に該当するという報道があり、ソーシャルゲー運営会社は慌ただしくコンプガチャの中止を決定しています。
トイレでタバコ吸ってるのがバレた感じですかね。最初はコソコソ吸っててバレなかったのに「タバコ超うめー!」とか言い出すから「マジマジ!?ホントだうめー!」「…あいつらトイレでタバコ吸ってるらしいよー、美味いんだってー」「あれ、そもそもタバコって吸っていいんだっけ」「せんせー!」「なにィ!?貴様らァ!」みたいな。
 
ちなみに景表法は正式名は不当景品類及び不当表示防止法という法律で、いわゆる措置規定が第6条に定められているだけなので、お上の排除措置に従わない場合運営会社に罰金となるだけで、ユーザーへの返金等は発生しません。
あくまで返金に拘るなら民法96条1項の詐欺取消くらいしか思い当たりませんが、ちょっと苦しい気がします。
    
とはいえ「コンプガチャなど我々の中では一番の新参……」「景表法ごときにやられるとは射幸心商法の恥さらしよ……」という状況ではあります。
では、ほかのガチャは大丈夫なのかという話なのですけれども。
 
しばしば、ガチャは300円でそれ以上の(あるいはそれ以下の)価値のものを提供したことになるため、「賭博」にあたると指摘されています。「賭博」とは偶然性の要素が含まれる勝負を行い財物を争うこと、です。
この場合、運営会社は賭場の運営を行なっていることになり、刑法第186条第2項「賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する」に該当してしまいます。
 
そうならないために、「ソーシャルの実相 やっとゲットしたレアカードに、所有権が存在しないという真実」で指摘されているように、ソーシャルゲームの運営会社はゲーム内のアイテムと現金との交換、いわゆるRMTを規制しています。現金と交換できなければ、300円以上の価値があるのかないのかわからないので、賭博には当たらないとなるわけです。そのRMT規制の根拠となるのが、社団法人日本オンラインゲーム協会が定めたオンラインゲームガイドライン(PDF)です。
 
オンラインゲームガイドラインによれば、デジタルデータの所有権は運営会社にあり、ユーザーはそれを使用しているだけであるとされています。元来は「ネトゲでRMTやると、ゲームバランスが壊れるからやるんじゃねーぞ」という趣旨で作られたはずですが、この「所有権は運営会社にある」を抜き出すとガチャも合法になるというロジックですね。
従来、RMTの相手はユーザー同士であってRMTが隆盛しても胴元はさっぱり儲かりませんでしたが、ガチャはプレイヤーと胴元でRMTをやってそれを胴元の収益源としたようなものなので、再びユーザー同士でRMTやられても商売として困るというのもあります。
 
ともあれ、ユーザーは金を払ってレアカードを手に入れることができますが、それを現金に替えるためにRMT市場に出品することはできません。自分に所有権のないものは売ることができませんからね。
 
そう。運営会社の主張によれば、すべてのレアカードは、スタドリは、三村かな子は、ユーザーに所有権がありません。
イメージとしては、ドラクエの「ゴールド」を想定してもらえると近いかもしれません。ある日ゲームを起動したら呪わしい音楽が流れてきて「残念ながらセーブデータは消えてしまいました」と表示されても、我々は失われたゴールドの賠償をスクエニに請求することはできません。せいぜい泣きながら壁ドンするくらいが限度でしょう。
 
なるほどなるほど~。ユーザーに所有権はないんですね~!
これならガチャも賭博にあたらないし、RMTでクソユーザー同士が取引しやがって運営から買わないなんてこともない!!オメェ本当に頭いいな!!!!!
 
つまり、ガチャを商売にするにあたっての要諦はデジタルデータの所有権の有無にあるわけです。
今回はこれをオモチャにしてみましょう。
 
 
さて、賭博といえば、みなさんはギャンブルってお好きですかね。刑法185条には
 
 「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。」
 
と定められており、賭博という行為自体がこの国では原則禁止されています。
 
しかし、競馬とパチンコはオッケーで、麻雀は一般的に点リャンピン(1000点200円)以上が逮捕というのが、この国の目安として実質的に存在します。タレントの蛭子能収さんが捕まったのが点リャンピンとして知られていますね。ちなみに西武の東尾投手が捕まった時のレートは明らかにされていませんが、蛭子さんは「俺で警察の厄介になるレベルなら、東尾なら懲役だろ」と語ったとされています。
 
そもそも賭博の言葉的な定義を見てみると「金品をかけて勝負を争うこと。かけごと。ばくち」とされています。
これと「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する」を照らし合わせると、競馬法のある競馬はまだわかりますが、パチンコがなぜオッケーなのかさっぱりわからないところですが、あまり言うと怖い人に怒られてしまいますので気にしないようにしましょう。おぉ怖い怖い。
 
ともあれ、博打とは金品を賭けて争うことなわけです。逆に言えば、金銭性がなければ博打にならず、賭博罪に当たらないのでは……。
 
金銭性がない…。
ここで思い出すべきは、「ソーシャルゲーのデジタルデータにはユーザーの所有権がない」という点です。確かユーザーにはデジタルデータの所有権がないためRMT市場に出すことができず、現金に換金することができないということだったはずです。
つまり、ユーザーにスタドリに所有権を与えないということは、スタドリと金銭との兌換性を失わせることになり、それを賭けても金品のやりとりとはならず、賭博に当たらないのではないかということが考えられます。おまけにスタドリであれば消耗品。イベントで小一時間もあれば消費できてしまうものなので、一時の娯楽に供するものと見ても良いでしょう。
まさに、スタドリは刑法185条の言う「賭博をした者は」と「一時の娯楽に供するものを賭けたにとどまるときは」の2つの壁をクリアできる天からの配剤のような賭博商品なのです。
 
しかし法律は言葉の定義だけで善悪を決めるわけではなく、そこには被疑者の主体的行為も重要視されます。
実質的にRMTを介して現金化できると知ってギャンブルを行った場合、実態で判断されかねないのであくまでRMTなんて知らないということにしておきましょう。だって運営会社から所有権を与えてもらっていないですし、規約で禁止されてますし、ね?
 
余談ですが、刑法には様々な罪が規定され罰則が設けられており、それぞれ保護法益というものがあります。たとえば「殺人罪」であれば、個人の生命を守るという「個人的法益」がありますし、収賄罪は国家の規律を維持するという「国家的法益」があります。
判例は賭博罪の処罰根拠についてこう述べています。
 
「勤労その他正当な原因に因るのではなく、単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは、国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害する」(最大判昭24.11.22)
 
この場合、国民の健全な勤労観念を守るという「社会的法益」がその保護法益です。
 
一般的に金銭を賭けて賭博で利益を得てしまった場合「こんな楽して儲かるなら、働くのがバカバカしい」となりますが、そもそもスタドリの場合、ゲーム内通貨ですし労働もクソも最初から遊んでいます。
「こんなに楽して儲かるのなら、課金するのがバカバカしい」とはなるかもしれませんが。
ゲーム内通貨のやりとりに賭博罪を適用するならば、保護法益は国民の健全な課金行為を守るということになってしまい、何だか管理社会的なディストピアな響きが出てきてしまって滅法素敵です。これはこれで良いような気もしてきました。
 
閑話休題。
さて、所有権のないスタドリの換金性が否定され賭博に当たらないとすると、我々はそれを何に活用すれば良いのでしょうか。
 
そりゃギャンブルですよ。鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様なギャンブルですよ。
特に白黒はっきり付ける必要のあるヤクザ同士の抗争なんかではギャンブルがピッタリなのですが、最近は官憲がまじめに仕事をしており賭博の規制も厳しく、ヤクザはケジメを付ける手段に難儀しているものと思われます。そこでヤクザの皆様には今すぐモゲマスを始めていただき、スタドリという仮想通貨を金銭のやりとりの代わりとしてしていただければと思います。
その場合の質疑想定としては、以下のとおりとなりますので参考にしてください。
 
「俺達の負けだ……受け取ってくれ、スタドリ2万本だ」
スタドリ2万本は、現在の価値でいう200万円である。
「ククク……断る。倍プッシュだ」
「お、おいっ」
「引き際など、ない。この勝負、どちらかが破滅するまで……そうですよね……?」
ざわざわ……ざわざわ……
「……サ、サツが来たぞっ!!ガサが入りやがった!!」
「!?」
「貴様ら動くなっ!!ここで多額の金銭を賭けた博打をやっていると通報があった!」
「金銭?そんなもの賭けちゃいませんよ、ねぇ組長?」
「刑事さん、我々は確かに麻雀をしていた。勝負を盛り上げるために結果的に賭けを持ち込んだこともあるかもしれん。だが、我々が賭けていたのは『スタドリ』というゲームの中のアイテムなんじゃ。もちろん我々に所有権はない。しかもこのアイテムは消耗品でな、その気になれば小一時間もあれば使いくることができる」
「……」
「刑事さんは、お仕事柄当然刑法にもお詳しい……。ならば私の言っていることがわかるでしょうな」
「ぐぬぬ」
 
わお!これだとチャカも要らないし、多額の日本円やり取りしてマッポに睨まれる必要もなくケジメをつけられるので便利ですね!スタドリに所有権がなくて良かった!
 
「主として賭博を行う意志がある」と見られないために、念の為に「我々は麻雀を打とうとしていた。勝負を盛り上げるために一時的な消費物を賭けたのみである」と抗弁しておけば、なおよろしいかと思われます。

モゲマス経済、SRアイドル価格が急落:識者はこう見る

[東京 6日 □イター] 日本市場において、アイドル価格の下落が進行している。Sレアクラスでは、1ヶ月前に比して軒並み2割程度の下落が進んでおり、今後の価格動向について市場関係者の注目を集めている。なお、エナ/スタレートについては1.0前後で安定しトレードの通貨に「スタドリorエナドリ」と提示される例も増加してきており、エナドリの通貨としてのプレゼンスは橋頭堡の確保に成功したものと思われる。
 
市場関係者の見方は以下の通り。
 
●アイドルは供給されるが、需要は伸びない
<CBBバリパ証券 アイドルアナリスト ジョージ・ボットマン氏>
これまで投入直後に高騰していたSRが一定の期間をおいて価格の沈静化に向かうケースはいくつも見られたが、今般の急落は長期にわたって価格が安定していたSR渋谷凛やSR前川みく等、旧SRの価格が下落した点に特徴がある。原因としては「供給を続けられるカードは必ずデフレ傾向に陥る」というゲーム本来の性質に加え、高コストSRの登場がその下落を加速させたものと思われる。廃課金層のニーズが新SRに遷移する一方で、需要の落ちた旧SRの価格帯は微課金~無課金層が気軽に手を出せる水準ではなく、需要の真空地帯が生じてしまったのではないか。
システム上、ハイレベルになるにつれ成長率が悪くなるため、アイドル枠自体の成長がない一方で、15や16のハイコストSレアが次々と登場したことでアイドルの保有数の必要性は減少傾向にある。また、断続的に新アイドルが供給され続けてきたためにアイドル選択肢の幅が拡大し、経済的合理性からは特定のアイドルに無理に固執する必要がなくなった。下落基調はシステム生来のものであるためやむを得ないものだが、新アイドルの供給過多がそれに拍車をかけたものだと思われる。
しかし、コンプガチャが規制されるとアイドル価格の下落に歯止めがかかる可能性がある。これまで制服フェイフェイによる安部菜々の価格急落等、新レアの大量供給が既存のレアの暴落を招くケースがあったが、新レアの流入速度が落ちると相場の抵抗力は増すだろう。コンプガチャの規制があった場合、それに代替する流入手段が確保されるか否かが今後の相場動向を見るポイントとなろう。
 
●エナ/スタレートの1.0への収束は、通貨としての利便性の副産物
<シカタ・インベストメンツ 調査部シニアストラテジスト シンゴー・ジチョウ氏>
エナ/スタレートは、「プロダクションフェスティバル」中に0.67程度まで上昇した後急落し、1.2~1.3程度での売買が続いてきたがここにきて1.0前後での取引が主流となっている。先のフェスにより、イベント時のエナドリ高騰が現象として明らかになったため、1.2~1.3程度まで下落すると長期保有税の買いが入るため底堅い動きを見せているのだろう。また、同イベント時においてはエナドリが通貨として使用される例も散見されたが、その後も通貨としての信認を受け続けており、取引市場において一定のプレゼンスを示し続けている。
今般、エナ/スタ比がほぼ1.0に収束したのは、同レートであれば取引の提示がしやすいという通貨としての利便性が影響したこともあるだろう。売り手としてはビジネスチャンスを増やすために、エナドリ・スタドリどちらの買い手にも販売を行いたいが、エナ/スタ比が0.9や1.1など中途半端なレートだと提示方法に難儀する。そのため、0.1程度の差であれば、割りきって1.0という同レートで提示する方に合理性があるためだ。
 
●政府は、スタドリではなくガチャを売る方向に舵を切る必要がある
<課金総合研究所 主任エコノミスト 岡田いさく>
アイドル価格の下落は、すなわちスタドリ・エナドリの価格高騰に他ならない。政府として、いかに利用者から徴税するかという施策を考えたとき、政府が徴税手段として採用するべきなのはガチャであり、スタドリではない。スタドリ高は、利用者に円でスタドリを買うという経済合理性を与えるものであるため、政府にとって通貨高は好まざるものである。よって政府は徴税手段をガチャとするべくスタドリ安に誘導する必要があるため、アイドル需要の増加を図るべく公共事業を展開する必要があるだろう。
ここで「スタドリ安を誘導するために、スタドリの市場供給を行うべきである」とするのは誤りである。スタドリはRMT相場で現状1本30~40円となっており、2~3ヶ月前の1本50円前後という水準から下落していることから、スタドリの供給量自体は充足していると考えるべきである。つまり、スタドリは安くなったが、アイドル価格はそれ以上に下落したのだ。必要なのは需要の増加であり、この状況下での問題解決策としては金融政策ではなく財政政策を採るべきであろう。

いわゆる「事故物件」に住んでみた

ふとディスプレイから目を上げて、首を右に向けた先にはドアノブがあります。死体は、そのドアノブの下に転がっていたそうです。
 
引越し先を探していたのです。
金で時間を買うのを上等とした生活をしていたため、いい加減お財布事情も苦しくなってきたというのもありまして。考えてみれば時間は金より価値がありますが、時間で食べ物は買えないのでした。時間をかければスタドリはいっぱい手に入るのにね!
 
そんなわけで、新居探しの主眼はとにかく家賃においていたのですが、なるべく生活水準を高くしたいというのが人間の業というもの。一度贅沢の味を知ってしまった身としてはなおさら。あとせめて土地持ちなるブルジョワジーに搾取される額は少しでも削減したいじゃないですか! あぁ……夢の地代生活!妬ましい妬ましい! 我々庶民は地球上に住まわせてもらっているだけでお金を払わねばならんのです。
 
「なるべく楽して稼げるバイトは無ぇかなぁ…」という発想の境地といえるものは治験だと思いますが、不動産において同じ発想で行き着くのが事故物件と言えましょう。治験は身体の健康と引き換えに高額報酬が、事故物件は精神の健康と引き換えに割安な家賃が対価として提供されます。そして、治験だって万が一当たらなければ問題ないように、事故物件だって出なければ問題ないのです。
「当たらなければどうということはない!」みたいなことをあんまり偉くない人が言ってたような気がするので、多分そうだと思うのです。多少なりともギャンブル好きなリスクジャンキーであれば、こうした確率ごとには戦いを挑みたくなるのがサガというものではないですか!
 
個人的に事故物件の探し方といえば、古びた個人営業の不動産屋さんに相談して「どうしても安い物件ないですかねぇ…」とため息をついたら「そうか……そこまで言うのならば一ついい物件があるよ。あまりオススメはしないがね……」と言って、ゴソゴソ資料を出してくるみたいなイメージがあったのですが、残念なことに普通にネットで検索したら見つかりました。SUUMOとかで。適当な検索ワードつけてググってみてください。普通に見つかるので。現代社会には夢もへったくれもねぇ。
 
で、見つけた物件。確かに相場より遥かに安い。すぐに不動産屋さんに連絡を取り、内覧済ませて即契約したのですが、不動産屋さん曰く「あのあと問い合わせがいくつも来てたよ。いいタイミングで探してたねぇ」だそうで。顧客満足度向上のためのリップサービスのような気もしますが、話を聞いてみると事故物件というのは、信仰心の薄れた現代ではわりと人気銘柄のようです。家賃の値引き率を決めるのは大家さん次第のようなので、それで売れ残りの有無が決まるみたいですね。別に前の住民が自殺してようが知ったこっちゃねぇみたいな人でも、さすがに他の物件と比べてヨコヨコくらいの価格設定だと手を出すのは気がひけます。
ちなみに、一度他の借主が借りた後だと事故歴が消えるというのは本当らしく、私の次の借主は通常の料金になるそうです。あと、隣の家の人も別に家賃下がってないみたいです。これは損ですね。
 
借りた物件の事故内容ですが、若い女性の首吊りだそうです。ドアノブにヒモを引っ掛けてグッとやってコキっと。亡くなったのは、不動産屋さんに賃貸の相談に行った2ヶ月前だそうで。
「事故物件?しょうがないですねぇ、人はいつか死にますしねぇ…。首吊り?うーん、人さまの死に方にどうこう言うのも失礼な話ですが、楽に逝けてたらいいんですけどねぇ……。亡くなったのは?2ヶ月前ですか……。2ヶ月……!?」さすがに近すぎて驚いた。
ほええ……ここで2ヶ月前、一人の人間が自ら命を断ったのかーと。人は誰でもいつかどこかで死ぬし、ここで死んでても、それが2ヶ月前でもおかしなことではないのですが、2ヶ月という身近な尺度が出てきたことで自殺がどこか生活の中に入り込んでしまったような感じ。自殺について、概念として理解していても体感として理解したのはその時で、それまでは家賃を下げる外部要因の一因としてしか見てなかったような気がします。
 
自殺なら、家賃が下がります。自然死なら家賃は下がりません。人が死んだら家賃が下がります。犬が死んでも家賃は下がりません。
事故物件とそうでない物件の違いは、その死に様の確定にあります。普通に物件を借りたと思ったら、実は2ヶ月前に借主が事故で亡くなっていたとか、部屋の中で飼っていた犬が発狂して死んだとかいう話である可能性はあるわけです。
事故物件はその確定版であり、死に様まで固定されている指定席みたいなもんです。自由席でも当たりを引く時は引く。いわば席の確定料が金額としてハネてきていることになります。
 
で、なぜ「人」が「自殺」するという固定パターンになると金額が下がるかというと、やはり借り手にそれなりのデメリットがあると考えられているからとなるわけですね。自殺する人間はそれなりに怨念を残しているだろう、行き場のない怨念は次の借り手に向かうだろう、というのがその考え方の前提となります。この手のオカルトめいた話を嫌悪する人は多く「前の人が自殺した物件になんて住みたくない」と考える人は一定数存在します。あるいは、怨念なんてないだろうけれど、精神衛生上悪いから住みたくない、という人もいるでしょう。
 
ここでのベットの対象は、怨念は「絶対に」存在しないか否かという点にあります。「絶対にそうか?」と言われると人は弱い。「絶対にありません」と断言する人が少ないからこそ市場価格との乖離が生まれています。「絶対に存在しない」に賭けることができることができれば、対価として家賃の市場価格との差額を受け取る事ができるので、反オカルト派の人は積極的に事故物件を探していくと良いのではないでしょうか。(とはいえ、事故物件はその性質上、出物自体が少ないのですが……)
あ、ちなみに怨念があった場合呪い殺されて死ぬのでその辺は自己責任で。
 
ともあれ事故物件に住むためには、まず事故物件を探さねばなりません。「大島てる」で事故物件自体の銘柄を見ることはできますが、それが出物としてあるかどうかはまた別問題です。私の住んでいる物件も大島てるに載ってません。さすがに自分の家に火のマークついてネットに晒されてたら嫌だもんね!良かったね、たえちゃん!
そんなわけで事故物件を探したいなら、案外普通の不動産情報サイトを当たったほうが良いようです。
 
今のところ、蛇口をひねったら髪の毛が出てきた!!ギャー!!みたいなことはなく、蛇口をひねれば水道局の人が頑張って浄水してくれたきれいなお水が出てきます。あるいは足元が冷たいと思ったら髪の濡れた頭部が這いまわっていた!!ギャー!!!みたいな話もなく、床はたまに拭いてあげないと埃が溜まります。
 
霊とか信じてないとは言っても、3DSの心霊カメラとか持ってきて「うわー、怨霊が出たぞー!!」とかやられると怖すぎるのでぶっ殺します。
また霊が1体増えて次の人にも事故物件を明け渡さないといけなくなるので、そういうことはやめましょうね。

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伏龍先生とゲハ三分の計

「兄者ぁ、もう3回目だぜ。本当に孔明の野郎は兄者の求めるような天才軍師なのかよ」
「益徳、諸葛亮先生のような賢者に教えを請うのだ。礼儀を尽くして当然ではないか。どれ……ごめん」
「劉備さんだね。先生は在宅だよ。」
「おぉ……」
「でもちょうど昼寝に入ってしまったところなんだ。こうなったら先生は何時に起きるかわからない」
「そうか……ではここで待たせてもらって構わないかな?」
「兄者!俺はもう許せねぇ!このオンボロに火をつけて帰ろうぜ!!」
「益徳!そのような事をしたら私がお前を叩ききるぞ!先生に無礼のないよう大人しく待つのだ…」
 
 
「ふぁぁ……よく寝た……ん……あちらはどなただ?」
「今日は劉備さまが来ているよ」
「劉備殿が!なんということ、起こしてくれて良いものを……劉備殿、お待たせして申し訳ございません」
「あなたが諸葛亮先生……この度はこの劉玄徳、先生に教えを請いたく参った次第」
「ほう……」
「この劉玄徳、天下万民みなが笑って暮らせる世を作るため、寝ても覚めても良質のゲームの開発に勤しんできた。民には、私の作ったゲームを遊び、楽しみ、笑い、手を携えて生きることのできる仁の世を作らんとしてきたのだ。あと、漢王朝も復活させたい」
「……」
「だが、武運つたなく都は任天堂のゲームが席巻しており、帝も3DSのすれ違い通信を毎日のように楽しんでおられる。私が都にいた頃、宮廷に参内したところ、帝のMiiとすれ違っておった。嬉々としてすれ違いメッセージを見ると『神と和解せよ』などと書かれておる。帝はどうかなされておるのだ!もはやこれでは任天堂の傀儡ではないか!おぉ……帝、おいたわしや……」
「劉備殿……」
「目を転じると、ソニーの高解像度のグラフィックに多くの民が魅了され、今や江東の一大勢力となっておる。私には、高い技術力も、資本もない。もはや天下に私の居場所はないのではないか、そうとすら思えるのだ……しかし私は、私のゲームで民を幸せにしてやりたい。この熱い想いだけは誰がなんと言おうと本物なのだ!あと、漢王朝も復活させたい」
「劉備殿……あなたの気持ちは伝わりました」
「諸葛亮先生!それではお知恵をお借りできるのか!」
「確かにあなたには、技術力も資本もありません。現状、百年かかっても劉備殿が任天堂やソニーに勝利することは難しいでしょう」
「そんな……」
「ときに劉備殿、あなたはゲームとは何だとお考えになりますか?」
「ゲーム……とは?」
「そう、ゲーム」
「私が考えるゲームとは万民等しく楽しめるものだ!民を笑顔にするもの、それこそがゲームである」
「よろしい、劉備殿。それがあなたにとってのゲームです。本来ゲームとはそれほど抽象的な観念であった。しかしあなたはいつしか固定的な考えに縛られ、グラフィックの美麗さ、シナリオの巧緻、音楽との融和、そのような細々とした要素に心を煩わせるようになった。あなたの仕事はそんなことではない。あなたはもっと自由に、そして壮観に天下を論じるべきであったのです。さすればもはやゲーム機に拘る必要すらない」
「しかしゲーム機でゲームを出さねば相応のスペックは出せぬ……」
「民はそれを求めていないのです。報酬がもたらす成功体験。それこそが民の求めているものであり、それが民に与えられるのであれば、もはやゲームの体をなしている必要すらない」
「だが……しかし……」
「だまらっしゃい!!」
「ヒィッ…!」
「あなたは民を笑顔にしたいのではなかったのですか!あなたはゲームという枠に囚われて天下を見失っている。そう、天下はゲームによって取る必要がないのです。ゲームの天下は任天堂やソニーに取らせてあげればよろしい。我々は新たな大地を求め、それを天下と称しましょう。名付けてゲハ三分の計!」
「ゲハ三分の計……!しかし主な領土は任天堂やソニーに抑えられている。我々はどこへ行けば良いというのか」
「劉備殿は最近の若者がSNSと呼ばれるコミュニケーションサイトに多くの時間を割いていることをご存知ですか?」
「うむ、知っている。ソーシャルと言われるものだな……。諸葛亮先生、まさか!」
「我々はソーシャルの地を獲得します。ソーシャルは険阻な地。通常のゲームのグラフィックの提供はまずできますまい。任天堂やソニーもまず手出しのできない堅牢な地となりましょう」
「しかし……ソーシャルは既に同族のミクシィ殿が治めている。私には同族を討つような義にもとるような行為はできぬ……」
「劉備殿!民の笑顔を得るというあなたの大義は偽りであったのか!同族などという小義に囚われて道を見失ってはなりません!」
「そうであった……すまない。この劉玄徳、心を鬼とし、ソーシャルを我がものとし、天下に覇を唱えん!!」
「その意気です。資金繰りについては、この孔明にお任せを。民が求めるものを与えること、これこそが肝要なのですよ、フフ……」
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