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「熱気を帯びたゲーム体験」は文脈で味わう時代

発端は加野瀬さんのこのpostで。

最近ゲームの体験をうまく伝えてくれるブログがないよねという話をしていたのだけど、ゲームプレイという主観的な体験よりも、業界情報みたいな知らない人間でも適当に楽しめてしまうメタ情報の方が注目を集めて流通するのはほんと不幸だ

グサー。私も典型的なメタ情報の記事を書いているので身に染みる。
ゲーム会社の決算について書き出したのは2年前。当時、ゲーム会社について調べようとゲーム系のニュースサイトやBlogを漁ってみたけど、収支や財務について掲載しているサイトが無かったので自分用に作ったのが最初でした。思いのほか好評だったので、現在まで続けているのだけど。

加野瀬さんが指摘するように、ゲームの主観的体験とメタ情報は情報の性質について大きな違いがあります。

ゲームの主観的体験はゲームそのものについての話題ですが、メタ情報は社会についての話題なんですよね。「ゲーム」という単語のつながりはありますが、話題の性質は全く違う。
タバコの社会性について語られることは頻繁に目にしますが、銘柄についての議論をあまり目にすることはありません。話題としての階層が違う以上、メタ情報が熱いゲーム体験を覆い隠すことはもはや自然現象に近く、今後も避けられないのではないでしょうか。
今も昔も人気になるのは属人性の低い情報ですから。

けれど、これはゲームという産業が市民権を獲得した裏返しでもあると思うんですよね。
ワイドショーの種になる程度には、ゲーム業界やゲーム会社に対する認知度が高まったのです。10年や20年前よりは、ずっと。それについてはある程度好意的に見てもいいと思いますね。

では、我々は熱いゲーム体験を読めなくなったのかといえばこれもそうではなく。

加野瀬さんのpostに対してシロクマさんが興味深い記事を書かれていました

切込隊長の場合、ゲームレビューが熱いんじゃなくて切込隊長という人物そのものが熱いんじゃないかという疑いがどうしても拭えない。“切込隊長が体験したからゲームレビューも熱いのであって、自分が同じゲームを遊んだからと言って同じ熱量が再体験できないのではないか?”そんな邪心が芽生えてしまう。

原子炉のようなハートの持ち主は、ゲームをやろうがビジネスを語ろうが熱気に溢れているに違いない;いつも熱感の籠もった文章の人のゲームレビューを目にする時、読者たる私達は、その熱量がゲーム体験に由来しているのか、筆者自身に由来しているのか、にわかには判別しがたい。

シロクマさんはゲームの熱量を他人に伝えることの難しさ、そしてゲームレビューの面白さは結局のところゲームに由来するのか、それともレビュアーに由来するのか疑問を投げかけています。

何かについて意見を言いたいという気持ちが蓄積して蓄積して、最後に大爆発を起こしたときにできた文章がもっとも良い文章ですが、最近はtwitterという格好のデトックスを得て、ゲームレビューは爆発的なエネルギーを蓄積する前に小分けにパッケージ化されて提供されるようになりました。小さな地震が大きな地震を殺すように、熱気を帯びたゲームレビューは微塵に分解されてしまったのでしょう。

「熱気を帯びたゲーム体験」は形を変えて存在し、もはや私たちの要求するパッケージでは提供されなくなってしまいました。

それは記事ではなく、文脈で楽しむ時代なのでしょう。もしかしたら映画や音楽のような時間芸術に近づきつつあるのかもしれない。
シロクマさんは切込隊長の記事を例に挙げましたが、ゲームレビューはレビュアーの面白さと一体不可分のものではないですかね。まとめサイトの体験記事は参考にはなっても、リアリティに欠けるし心を動かされることは少ない。
江頭2:50分のネタを他の人がやっても江頭ほどの面白さを出すことはできないでしょう。

本当に面白いのはワンフレーズじゃなくてその人の人格含めた文脈だと思うのですよ。
たとえば、瀬戸風味(@setofuumi)さんの狂気的に毎日GeometryWarsをプレイする様は凄みすら感じさせますし、青葉乱(@aobaran)さんのように未だに大往生のパターン構築に勤しんでいる人もいる。
ダブルプレイ(※1)の人で知られるAP(@AP_P)さんからは、(対戦STGを一人で1Pと2Pを使って対戦してみたらどう?という問いに対して)「面白くないですよ。右手と左手でじゃんけんするようなものです」というセンスオブワンダーな答えを聞くこともできる。

切込隊長の例は、隊長の文章力もさることながら切込隊長という人の文脈を知っているが故の面白さがあるのではないかという疑義があるのです。

熱気を帯びたゲーム体験は消え去ったわけじゃなくて、文脈というフィルタを通してみれば確かにそこに存在する。だから、観測側はその姿勢を時代に合わせて少し変える必要があるのでしょうね。
幸い10年前と違って見知らぬ人の文脈を楽しむことは、さほど難しくもありませんし、システムの恩恵にあずかる形でゲーム体験を楽しめばいいのでしょう。

(※1)1Pを左手で、2Pを右手で操作し、2人用を1人で遊ぶ特殊なSTGの遊び方。危険なのでよい子はマネをしてはいけない。

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