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当たり判定ゼロ シューティング成分を多めに配合したゲームテキストサイトです

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あるゲームマニアの死

1年前、一人のゲーマーが交通事故で亡くなった。

彼を初めて見た(と言ってもネット上で見たなんて表現が正しいのかどうかわからないけれど)のは、ゲームアンケート作成という自アン亜流サイトだった。サイト内の雑談箱で、彼はゲーモクという署名でゲーム好きの自アン民との雑談に興じていた。確かもう5年くらい前のことだったように思う。
驚くべきは彼の知識量だった。亜流と言っても自アンであるため、基本的に短文でのやりとりではあったが、どんなマイナーなハードだろうがソフトだろうが、彼は識見に富んだ面白いレスを返していた。「愛を感じる」なんて表現は使い古されたポンコツなのかもしれないけど、一目見てああこの人はゲームが好きなんだろうなと思わせる文章だった。

しばらくして、彼がサイトを運営していることがわかった(今でもWebarchiveにて一部閲覧することができる)。
早速アクセスしてみる。映画・ゲーム・小説、たくさんの感想が日記として綴られていた。彼の文章力は(後に職業ライターであることを知った)素晴らしく、どれも凄く魅力的に思えた。
そしてやはり愛に溢れていた。『グラディウス観』なんて一体どれだけの人間が語れるのよって話だ。ああゲームって素晴らしい、ゲームを愛する人もまた素晴らしい。けれど、このサイトはもう一つの姿を持っていた。

彼は疲れていた。
基本的には毎日ゲームや映画の感想が書かれているのだが、時折「体」や「こころ」の話題が唐突に現れる。頭痛・腹痛。体調はあまり優れなかったらしい。執筆の仕事にも行き詰ってやり場の無い気持ちを日記にぶつけているシーンも散見された。
実のところそれを見て私は彼にはじめて親近感を持った。文章から生活感が顕在化したとでも言うべきか、これを書いている生身の人間がどこかにいるんだ、と実感できた。人間ってのは、肉体に縛られた動物だとつくづく思う。

彼は私にとって最高のエッセイストだった。身体的・精神的にダメージを負いながら、好きなゲームや映画のことを書いていく姿には同じゲームを趣味とする者として共感が持てた。世に言う一流のエッセイストが空飛ぶ鳥だとすると、彼は地を這う蛇だった。だけど、一流の蛇だった。
そして彼のサイトを全部読んだ。過去の日記のログも全部読んだ。彼の、ゲームに対する、仕事に対する、世の中に対する、自分に対する考え方を教えてもらった。彼は物書きを生業としていた。当時私は学生だったからわからなかったけれど、サラリーマンという選択肢を選んだ自分には選べなかった道の苦悩も教えてくれてたのかもしれない。

お会いすることは無かったので、最後までネットの向こう側の人ではあったけれど、勝手に親近感を持ってて、すみません。頭痛は、腹痛はもう無いでしょうか。締め切りに追われない生活はいかがでしょうか。それがある辛さを描いたのと同じ筆で、それが無い幸せを書いた文章が読みたかったです。

アーカイブで過去の日記読みながら書いてると、こっちまで悲しくなっちゃって湿っぽい文章になっちゃった。「自殺マルチプライ」って記事が一番好きだったんだけれど、アーカイブに残ってなくて残念。

さ、続きを読もう。

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